変電社日記

転がっているデジタルアーカイブスをいろいろdiggin'して電子「古書」としてサルベージしたら面白いんじゃないかと思っている人の準備会

「異国風景浮世オン・パレード」酒井潔

「異国風景浮世オン・パレード」酒井潔

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「異国風景浮世オン・パレード」(頁数45)

シリーズ名:談奇群書

著者:酒井潔

発行日:昭和6年(1931)

出版社:竹酔書房

国立国会図書館デジタル化資料「近代デジタルライブラリー」

あけましておめでとうございます。社主代理持田です。昨年末唐突にロンチした変電社ですが2013年年こそ僕らの本番です。なにはともあれ前進してまいります!

早速ですが今年初レビューです。予告通り前回「日本歓楽郷案内」に続き酒井潔「異国風景浮世オン・パレード」で行きますが、こちら相当痛んでいる本で表紙もなく頁も中抜けしており「欠・ミッシング」頁が何枚か混ざります。古書屋さんのストア画像の本来ある表紙を参照ください。本来はこんな感じでやはり美しい装幀で、スフィンクスとモダンガールという組み合わせが同時代の古賀春江「海」(1929)を彷彿とさせます。

ちなみに持田個人的な嗜好で、この時代の空気—震災復興から支那事変(1923〜37)までのおよそ15年間の社会・文化・風俗にとても気になっており、2013年はその15年間を漁っていこうと企んでおります。

さて、この「異国風景浮世オン・パレード」はどんな代物だったかというと、近代デジタルライブラリ(以下「近デジ」)所蔵の酒井潔僅少本を探っているうちにいろいろと分かってきたのですが、酒井潔「談奇群書」シリーズの中でもとりわけ変本で、これすなわち「エロエロ草紙」発禁処分後に再編集で組み直して出したリサイクル本であるということが判明しました。

両者で内容が全く同じ頁、また挿絵だけ変えてテキスト同じ内容で7割くらい占められていて、僕は迂闊なので「昔はわりとこういう使い回しがあるんだなー」くらいで読み流していたのですが、不意に思い出した。

ああ!「エロエロ草紙」は発禁本だから世に出ていない!

なので「異国風景浮世オン・パレード」こそが当時1930年代に世に出るために形を変えた「エロエロ草紙」だったということになります。

このシリーズ「談奇群書」を改めて認識しておきますと、「第一偏」にあたる「巴里上海歓楽郷案内」巻末に「談奇群書發刊辭」なるものがあります。酒井潔の精神の在り方もよくわかるので文章も引用しておきます。

元来私は一粒撰りの珍本を出来る丈贅沢な装幀で、一流の製本家の手にかけて、册数も四五百位の限定版を出すのが好きでした。所が此の道楽は甚だよくないと云う事だ。何故だって聞いたら、白米十五キロが二圓か三圓で買へる時代に、一册の本に五圓十圓出す馬鹿者(イヤ失敬)があるものかと云ふ答えだつた。

其処でつらつら熟慮した結果目下連續著述の「談奇」をやってゐる傳手に安くていゝ本を作って見度いと發願した。斯う考へたのは、白米十五キロ問題で、一本参った所もあるが、必しもそれ許りではない。と云ふのが、私達の仲間内で、酒井と云う男は、高い材料を使って、贅沢な本しか作れないと云った様な批評がある。これは褒めたのか貶したか分らんが、兎に角私としても、一かどの装幀家を以て任じて居る手前安い材料を使つたつて、面白いものが出来ない筈はないツと、柄にもなく、慨然として立ち上がつたと云うわけである。

すると、又皮肉な男が、今時装幀を面白いと云つて本を買ふ人間はないよ。白米十五キロが……待った!待ち給へ!もう十五キロ三圓の話は分かったよ。よろしい。そんなら内容も、うんと肩が凝らぬ面白い、大衆的で上品で、深刻で、皮肉で......まずこれを読んで面白くないと云ふ男は、餘程念の入つた低能兒(オツト又失敬)だと云ふ物を作ってご覧に入れやう。

「談奇群書發刊辭ー巴里上海歓楽郷案内」

この生粋の天の邪鬼もしくは臍曲りである酒井は当時梅原北明の影響下で『談奇』という個人誌を展開していたわけですが(※1)その「臨時増刊と見て貰つても構わない」シリーズ本として「三編乃至は四編出し度い」としていた「談奇群書」を企てます。その初期発刊予定として上げられていたのが以下でした。

第一編「巴里上海歓楽郷案内」    昭和5年6月発行

第二編「エロエロ草紙」       昭和5年7月下旬発行予定

第三編「寝室の書」         昭和5年9月下旬発行予定

なのですが、第二編「エロエロ草紙」が発禁処分を受けこの構想自体も頓挫したというわけです。結果どうなったかというと、こちらは前回の「日本歓楽郷案内」の巻末「發刊辭」でその解答としての目録が記載されてました。

第一編「巴里上海歓楽郷案内」    昭和5年6月発行

第二編「奴隷祭」          昭和6年2月発行

第三編「異国風景浮世オン・パレード」昭和6年2月発行

第四編「日本歓楽郷案内」      昭和6年4月発行

初期構想内「エロエロ草紙」が「浮世オン・パレード」へ再編集再校正出版、「寝室の書」はおそらくお得意とする性愛関係の本だったと思われますが流産、新たに「奴隷祭」「日本歓楽郷案内」が加わったということになります。

といったわけで酒井はおそらく初期構想が当局の無理解によって「艶本」とされ「風俗禁止」の発禁処分を受けた後、大人のモダニズムライフスタイル寄りへと変形させていったことが何となくわかります。もとより酒井は「あまりにエロの為のエロには、もう吾々は背中を向けやう。談奇の世界は、そんなに狭いものではないのだから」と『談奇』創刊の辞でも述べているので、「エロの為のエロ」ではないつもりで出したものでも世の理解がちっとも追いついていないことにかえって驚いたんじゃないかと何となく思います。

エロエロ草紙はイロイロ草紙である。即ち種々な色々な陳列展開する意味である。〜(中略)〜エロエロ草紙は上品なエロと、朗らかなナンセンスと、即ちウルトラ生活の二要素を具備するもの、この書を見て不感症ものはおよそ退屈の権化として怨敵退散である。

「自跋ーエロエロ草紙」

この酒井独自の都市型ディレッタンチズムの果てのような「談奇群書」シリーズですが、近デジには第一編「巴里上海歓楽郷案内」第三編「浮世オン・パレード」第四編「日本歓楽郷案内」があり、構想変形後の第二編「奴隷祭」はなく、代わりに変形前の発禁第二編「エロエロ草紙」があるという不思議なラインナップになっています。理由は、国立国会図書館がそもそも内務省検閲後に交付(納品)先として機能してきた帝国図書館が前身であったからですが、この出版検閲と発禁本に関してはそれこそ「宝の山」であるので、こちらは改めて掘り下げる予定(※2)です。

しかしまさか昨年2012年近デジアクセスランキング1位がその「エロエロ草紙」になるだろうとは、酒井自信はおろか当時内務省警保局図書課で検閲実務に当たっていた戦前官僚の方も想像だにしなかったでしょう。逆に考えればこの一ディレッタント作者と一内務省官僚の連携によって80年後までこの変なコンテンツがちゃんと生き残った。

そう考えると何とも感無量です。

さて「異国風景浮世オン・パレード」の中身の話をしたいのですが、成立過程までの推論で長くなってしまったのでばっさり省略します。当時の都市風俗、また当時の都市消費生活者の憧れがどういったものかよくわかるだけでなく、挿画装幀の美しさが前面に出ております。一枚だけ紹介。

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国立国会図書館デジタル化資料より

男女の挿絵向かい合わせに詩も左右外側から中へ読んでいくという気の利いた代物です。こちらは「エロエロ草紙」には載ってない「浮世オン・パレード」のみの「電詩」です。一点惜しいのは文字が若干潰れて読み辛い点ですが、当時の漫画がとても可愛いので許したいと思います。

といったわけで新年からとても面白かったので、評価

★★★★★(星5つ)

by 社主代理:持田泰

 

※1 酒井潔情報が少ない中で非常に勉強させていただいたサイト

閑話究題 XX文学の館 雑誌資料 談奇

書誌・研究 酒井潔

※2 戦前出版検閲に関しては以下で詳しくあります

平成23年2月18日 神田雑学大学定例講座N0544:戦前期の発禁本のゆくえ

みちくさのみち:2012-07-24 戦前期における出版法規と納本制度(図書編)